コラム 150周年、150万本植樹


 

コラム04

私は長崎県で産まれましたが、育ちはほぼ横浜市になります。

横浜市という町を今の視点で見直してみると、とても不思議な街なんだなぁと感じる事が 多々あります。


モダンな建物の隣に現代建築物のモデルのようなビルがツンッと建っている。

その少しの隙間に控えめに緑がちらほら。

下を見ていると気づきませんが、視線をちょっと上げると都会的な空間の中に木々が生きている。


実は今の仕事をするまでは、別段自然に興味はありませんでした。

樹木よりも、お花屋さんにある色とりどりの花々を好んでいたし、虫の発生しそうな市民の森には絶対に近づかない!(虫が怖いので…)


そんな私が、この仕事をよくわからないままスタート。

仕事で色々な木の性質を調べ、場所ごとの公園で緑に関する温度差を感じたりしていくうちに、緑がある生活という重要性について考えるきっかけになりました。


ある日、息子と家路を急いでスタスタと歩いていたら、息子が『見て!どんぐりいっぱい』と道端の植栽にどんぐりを見つけて大興奮。

『木がくれたんだよ』とうれしそうにポッケにどんぐりをしまう様子をみて、自然が与えてくれたと素直に感じられる感性にハッとしました。


私たちはどうしても人間至上主義になりがちなところがあると思いますが、木がある、花が咲く、空気が揺れる。

どれも私達の呼吸をするように当たり前の事。


私達が木々を育てる!と思いが強すぎると、少し無理感を感じる人もいるかもしれませんが、 一緒に生きている。という思いを共感して、とりあえずの一歩で植樹という行動がこの150万本に繋がっていくのかもしれません。


これから育つ子供たちと同じように、私達が生活をする横浜に緑も育ってほしい。

この全てに優しい試みが続いていくように、私も超微力ながらコツコツと参加していきたいと思います。


(いまではだいぶ虫にも慣れました)

2010年1月28日

 

(有)ドリーム設計 清水 里菜  

 

 

 


コラム03

「開港150周年記念、150万本植樹活動」と横浜市が宣言して約2年の月日が経ちます。今では、横浜市近郊での生活で150という数字を見ない日はないのではないでしょうか。


私はこの宣言を初めて耳にした時、単純に「横浜市の大規模な記念事業」という花火でも打ち上げるような感覚でした。

しかし、予算のある大都市が、街に記念のプレゼントを配るといった「与える」ものではなく、みんなで「取組む」という大きな違いがありました。

その違いを最も感じる市の呼びかけとして、「自宅の庭やベランダに鉢を飾ったら、市役所に教えてほしい。あなたの木をカウントします。」というキャッチがあります。

これは募金活動のように手間の掛かる地道な積み上げであり、この植樹活動は緑を増やしCO2の削減に取り組み、生活の豊かさを向上するというテーマと共に横浜市の地域、企業、個人が1つになって開港150周年を迎え、未来の横浜市に向けて大きな意味を持つ活動なのだと気が付きました。


近年、企業の社会的責任(CSR)という言葉は頻繁に飛び交い、その中で緑への活動が重要視されてきました。良い方向ではありますが、しかし大事なのは何本の植樹をしたかではなく、どれだけ緑と触れ合い、身近に感じ、その存在を重んじるかではないかと思います。

その経験により、自然と緑は増え、生態系の保護へと繋がり、思い描く明るい未来の姿に近づくのではないでしょうか。


私がなぜ150万本植樹活動に対して、このような解釈をしたかというと、それは自分自身が育った環境にあると思います。

バブル経済の走りで土地区画整理された、いわゆるニュータウン(新興住宅地)の育ちからです。規格的に整備された自然度の低い街区公園は、子どもにとっては大切な遊び場でした。しかし、たまに出掛ける家族とのキャンプや自然公園での体験を通じ、生活圏と自然が切り離させていることに疑問を抱くようになり、生活に身近な規模の公園設計からランドスケープというほぼ枠組みのない業界に興味を持つようになりました。そして、横浜市の150万本植樹活動と同様に、自然と人間が共存し、豊かな明るい未来を創造するコンサルタントとして、これからも知識と技術を深め、自分なりの解を探求し続けていきたいと思います。

また当組合員として、150年前の開港により国外からの新しい文化の発信源となった歴史と共に、当組合が日本のランドスケープの発信源となるよう今後も多くの活動を行っていきたいと思います。

2008年12月10日

 

遊緑地設計(有) 伊藤 雅広  

 

 

 


コラム02

「150万本植樹行動」のかけ声を聞く度に、いつも私はある1冊の絵本の事を思い出さずにはいられません。その絵本とは、昭和60年に旧横浜市緑化センターから発行された「だいじなドングリ」です。

この絵本は、当時の横浜市緑政局が、未来に向かって緑を守り育てる心をはぐくんでもらおう、という強いメッセージを込めて作成されたと聞いています。

未読の方は150万本植樹行動のHPから閲覧できるのでぜひご一読下さい。絵本としても大変すばらしい読物です。

そこには150万本植樹行動の発端となる思想があり、既に23年前に文字通り「タネ」が蒔かれていたことが伺えます。また、絵本の主人公の挫折や復活を通じて「未来は現在から生まれるもので、我々の意志と行動で導くものだ」というメッセージも読み取れます。正直言って感動しました。

地球温暖化の問題が生活意識の中で危機感を感じるほどになった今、23年前のメッセージはとても胸に響きます。そんな中、150万本植樹行動を突き動かす原動力が、未来の緑を想う市民一人一人の意志と行動であれば、それは横浜市の緑の革命と言っても良いのではないでしょうか。

こんな熱い植樹行動に仕事として関わる事はとてもエキサイティングです!行政も市民も技術者も一つの未来を想い描いて行動するなんて、ロマンが溢れているじゃありませんか!

現実的には様々な困難や障害が待ち受けているでしょう。少なくとも150万本の樹を植えたら、次は守り、育てなければならない!植樹行動の後にもやる事は満載です。さて、私は何が出来るだろうか?っていうか何かしたい!

ここ数年、横浜での仕事を通じて感じた事は、自分の業務が未来志向である限り、たとえ公園の設計であれど、空間を計画して設計するだけの仕事では済まされないという事です。情熱的な役所の担当者、行動力ある市民の皆さんに触れる度に、新しい技術や手法展開の必要性を感じます。自分の職能を深め、範囲を押し広げる必要をひしひしと感じます。

150周年植樹行動とその後の展開は、私自身のプロフェッショナリティがどこまで通じるかの試金石であると同時に、横浜市のランドスケープ分野におけるシンクタンクとも言える当組合が実力を発揮する場でもあります。

同じ志を持つプロと知恵と情熱を共有しつつ、横濱開港150周年・150万本植樹行動という一つのスタート地点に立てる事は、興奮以外の何物でもありません。

「だいじなドングリ」の表紙には「まきどき=いま!」とあります。23年の時を越えて横浜市全体が本気になり出した今こそが、様々な意味で「まきどき」なのです。

2008年8月5日

 

(株) アトリエ福  新妻 仁  

 

 

 


コラム01

私の実家は横浜市内にあり、現在も横浜に暮らしておりますが、 昔に比べだんだんと緑が少なくなっていると感じることが多々有ります。

しかし、それと同時に感じるのは、 生活が便利になるにしたがって、手間をかけること、 時間を惜しまずに自らの手を動かすという ライフスタイルそのものを失いつつあるという実感です。

かつて農地や雑木林が身近な場所にあった昔の人々は、 日常生活の中で緑と密接な付き合いをしてきました。

下草を刈り、枝を打ち、枯葉を集め、病害虫を取り除くことで、 ゆたかな自然の恩恵を受けてきたのであり、 何もしない緑は、人にとって必ずしも快適なものではありません。

緑とは本来生き物であるがゆえに、人間にとって 良いことも悪いことももたらす中立的なものであるはずが、 生活の場から遠ざかって、緑に焦がれるあまり 「緑=善」とする考えが大きくなっているように思います。

緑と共存するには手間がかかるものです。 手間をかけるということは、それだけ関心を持ち、 相手への想像をめぐらせることであり、 私たちが緑と共に失いつつある、生命の基本事項であるように思います。

今回の植樹という行動を通して、緑の量だけにとどまらず、 希薄になってしまった緑や人同士の関係に、多くの人が 再び関心を持つ機会になることを期待しています。

私はランドスケープという仕事に携わるようになって6年目になりますが、 関われば関わるほど奥が深く、広い視野と知識、そして何より 「良いものをつくりたい」という意思こそが求められる職業であると実感しています。

そのような中で、たいへん未熟ではありますが、この150万本植樹という機会においても、 専門的な視野から、街と緑の関係を模索するお手伝いしていく 存在であるべきだと感じています。

この開港150周年という貴重な節目によって 様々な分野の意識やつながりが活性化することを願います。

2007年12月3日

 

(株) タウンスケープ研究所  櫻井 夏気